1882年のある日、13ヶ月ぶりに未払い給与を受け取ることになった朝鮮の旧式軍人たちが米袋を開けた。中に入っていたのは、米よりも砂と糠(ぬか)の方が多かった。憤慨した軍人たちの棍棒による反乱は、そのまま壬午軍乱へと発展した。
軍人への報酬が滞ったり、粗末だったり、あるいは全く存在しなかった時代は、我々の歴史において考えられている以上に長く、繰り返し登場する。
そして2025年、兵長の実受領額が205万ウォンに確定したというニュースに、オンラインコミュニティが再びざわついた。最低賃金レベルに迫るこの数字を前に、ふと疑問に思う。通帳に数字が記される前、軍人たちは一体何を受け取って国を守っていたのだろうか。
土地と村、米と布地、そして信念まで。軍人に何をどれだけ支給していたのかを掘り下げてみると、その時代、国家がどのような顔をしていたのかが浮かび上がってくる。
新羅の将軍の軍人給与が「村一つ」だった理由 — 禄邑と食邑
三国時代の新羅は、戦功を立てた貴族や将軍に金銭ではなく、特定の地域に対する支配権を丸ごと支給した。これが禄邑(ろくゆう)である。該当地域の税を徴収し、労働力を動員し、特産物まで手に入れることができたのだから、給与の代わりに会社を一つ受け取るようなものだった。
子孫に譲り渡すことができる食邑(しょくゆう)は、さらに一段階大きな報酬だった。金庾信将軍のように非常に特別な功績を立てた者にのみ与えられた。問題は、この権力が大きすぎた点にある。土地と民を手に握った貴族や将軍は、自然と王権を脅かす存在へと成長していった。
軍人給与の代わりに受け取った土地が招いた武臣政変 — 高麗の軍人田
高麗は中央軍の職業軍人に世襲可能な土地、軍人田(ぐにんでん)を支給し、報酬体系をさらに精巧に整えた。軍人の息子は代々服務しなければならず、その代償として約9万坪に達する土地を受け継いだ。
彼らは単なる兵士ではなく、武士階級であり中小地主でもあった。ところが、国家を守るために作ったこの制度が、結局は王朝を脅かす刃となった。経済的基盤を備えた軍人たちが、文臣に対する差別に不満を抱き、武臣政変を起こして政権を掌握してしまったのである。
軍人給与は「米四升」から始まった — 訓練都監が作った朝鮮の実験
高麗末期、土地を握った武人勢力の弊害を経験した朝鮮は、原則として軍人に土地を与えなかった。その代わり、文禄・慶長の役(壬辰倭乱)以降、最初の月給制常備軍である「訓練都監」を作った。この時から軍人は、土地を持つ権力者ではなく、国家財政から給与を受け取る「会社員」へと変わり始めた。
軍人の給与明細書:朝鮮後期** 訓練都監歩兵の米と布地**
| 区分 | 支給額 | 当時の貨幣価値 | 現代価値換算 |
|---|---|---|---|
| 給与(米) | 4斗、約57.6kg | 約2両(月) | 約15万ウォン(月) |
| 年間ボーナス(布地) | 木綿9反 | — | — |
金額は大きくなかった。一家の最低限の食糧は賄えたが、当時の下男の給与(約7両)には遠く及ばなかった。それでも、これは国家が軍人を直接雇用し統制するシステムが定着したという重要な転換点だった。
砂混じりの米袋が揺るがした国、未払い給与が招いた壬午軍乱
1882年、朝鮮は国家が約束した給与を守らなければどのような代償を払うことになるのかを身をもって経験した。
新式軍隊「別技軍」に比べて極端な差別を受けていた旧式軍人たちは、なんと13ヶ月も給与が未払いになっていた。
長い待ち時間の末に受け取った米袋には、米粒よりも砂と糠の方が多かった。
官吏たちの不正腐敗に憤慨した軍人たちの抗議は棍棒による反乱へと発展し、これが壬午軍乱(じんごぐんらん)の導火線となった。単なる暴動ではなかった。
軍人の給与という、国家の最も基本的な約束が崩れたとき、社会全体がどのように揺らぐのかを示した事件だった。
軍人給与の代わりに信念を選んだ人々 — 独立軍の計算方法
日本統治時代、国を失った軍人たちに給与を支払う政府はなかった。独立軍の「給与」は、満州や沿海州、米州の同胞たちが少しずつ出し合って送った後援金、そして大韓民国臨時政府が発行した独立公債だった。
トウモロコシ一握りとボロボロの軍服、そして祖国独立という希望が、事実上唯一の報酬だった。
独立運動関連判決文の記録にも残っている通り、給与体系が国家から民衆へ、物質的な報酬から理念的な信念へと変わったことは、我々の歴史上最も特別な時期だった。
タバコ代900ウォンから205万ウォンまで、軍人の給与が語るもの
1970年に900ウォンだった兵長の月給は、2025年の実受領額ベースで205万ウォンまで上昇し、2026年もその水準が維持されている。基本給150万ウォンに、兵士の将来準備積立金に対する政府のマッチング支援金55万ウォンを加えた金額だ。
軍人の給与とジャージャー麺の購買力で見る兵士の給与変遷史(1970~2026)
| 年度 | 兵長の月給 | ジャージャー麺の価格 | 月給で買えるジャージャー麺 |
|---|---|---|---|
| 1970 | 900ウォン | 100ウォン | 9杯 |
| 1980 | 3,900ウォン | 500ウォン | 約8杯 |
| 1991 | 10,000ウォン | 1,200ウォン | 約8杯 |
| 2011 | 103,800ウォン | 4,500ウォン | 約23杯 |
| 2024 | 1,250,000ウォン | 8,000ウォン | 約156杯 |
| 2025 | 2,050,000ウォン | 8,500ウォン | 約241杯 |
| 2026 | 2,050,000ウォン(凍結) | 8,500ウォン | 約241杯 |
数字だけで見れば、55年で兵長の月給の購買力は9杯から240杯以上に増えた。
ところが、パラドックスも同時に育った。兵長の実受領額が初任下士(約193万ウォン)よりも多くなるという給与逆転現象が発生し、初級幹部の志願率が低下し、陸軍士官学校の生徒の相当数が退学や任官辞退を悩んでいるという報道まで出た。
あるYouTubeコンテンツはこの問題を指摘し、「25年まで軍隊に行かない」という刺激的なタイトルを掲げたりもした。
結局、国防部は2026年の兵士の基本給を1ウォンも上げずに凍結し、代わりに幹部の俸給だけを平均3.5%引き上げる道を選んだ。
土地から米へ、米から現金へと渡ってきたこの流れの次の停車駅は、おそらく金額そのものではなく公平性だろう。
禄邑が王権を揺るがしたように、軍人田が武臣政変を生んだように、報酬の形態は常に次の時代の葛藤を予告してきた。
兵長が初任幹部よりも多く受け取る今の逆転現象こそ、報酬の形態が再びこの国の顔を変えているというサインなのかもしれない。