三国時代、将軍が村を給料として受け取っていた時代から、現代の兵長が200万ウォンを受け取る時代まで、軍人の給料は時代を映す鏡でした。
- 三国時代から現代まで、時代別の軍人給料(報酬)体系の変化過程
- 軍人の給料が私たちの歴史と社会にどのような意味を持っているか
- 現代の軍人給料の価値とその歴史的背景
最近、2025年から兵長の給料が200万ウォンを超えるというニュースが大きな話題となりました。最低賃金水準に迫る軍人の給料を見て、ふと過去はどうだったのか気になります。通帳に数字が印字される今とは異なり、過去には土地の証文や米俵が給料袋の代わりでした。軍人の給料袋に込められた千年の歴史を辿ると、我が国の巨大な歴史の流れを発見することができます。
給料袋が村一つ?(三国・高麗時代)
新羅の将軍への報酬、禄邑(ろくゆう)と食邑(しょくゆう)
もしあなたが三国時代、新羅の勇猛な将軍だったなら、戦争勝利の対価として何を受け取ったでしょうか?金銀財宝よりも大きな賞は、まさに**「禄邑(ろくゆう)」**でした。
禄邑とは、王が功績を立てた貴族や将軍に、特定の地域の土地と民衆に対する支配権を与える制度です。その地域から税金を徴収し、労働力を動員し、特産物までもすべて得ることができました。給料としてお金の代わりに会社一つをもらうようなものでした。これは強大な権力であったため、王権を脅かす要素にもなり得ました。
- 禄邑(ろくゆう): 特定地域の租税徴収権、貢物徴収権、労働力徴発権をすべて持つ。
- 食邑(しょくゆう): 禄邑と似ているが、子孫に世襲可能。金庾信(キム・ユシン)将軍のように、特別な功績を立てた者にのみ与えられる最高の報酬。
このように、初期国家における軍人への報酬は、単純な給与ではなく、権力と富の源泉そのものでした。
高麗の職業軍人の相続財産、軍人田(ぐんじんでん)
高麗時代には、軍人給料制度が一層体系化されました。中央軍所属の職業軍人には**「軍人田(ぐんじんでん)」**という土地が支給されました。
軍人田は、軍服務の対価として国家が支給し、世襲を許可した土地です。軍人の息子は代々軍服務をしなければならず、その対価として経済的基盤である土地を譲り受けました。彼らは約9万坪に達する土地を所有した**「武士階級」**であり、中小地主として、単なる兵士ではなく国家軍事力の核心でした。
しかし、皮肉なことに、**国家を守るために作られた軍人田制度は、結局王朝を脅かす刃となりました。**土地を基盤に経済的独立を成し遂げた武士たちは、文臣(文官)たちへの差別に不満を抱き、「武臣政変」を起こして政権を掌握することになります。
米と反物で受け取った給料(朝鮮時代)
高麗末期、土地を持つ勢力の弊害を経験した朝鮮は、原則として軍人に土地を与えませんでした。代わりに、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)以降、専門職業軍人の必要性を感じ、初の「給料制」常備軍である「訓練都監(トゥルリョン・トガム)」を創設します。この時点から、軍人は土地を持つ権力者ではなく、国家財政から給料を受ける「会社員」へと変化し始めました。
- 訓練都監歩兵の給料: 毎月米4斗(約57.6kg)+年間ボーナスとして麻布9匹(匹)
朝鮮後期、訓練都監軍人の給料明細書
| 区分 | 給料(米) | 年間ボーナス(反物) |
| — | — | — |
| 歩兵(初任) | 4斗(約57.6kg) | 麻布9匹 |
| 当時の貨幣価値(月): 約2両(両) |
| 現代価値換算(月): 約15万ウォン |
| 購買力分析: 一家族の最低限の食料は賄えましたが、当時の小作人の給料(約7両)よりははるかに少ない金額。 |
金額は多くありませんでしたが、これは軍人を国家が直接雇用し、統制するシステムが確立されたという重要な歴史的転換点でした。
怒りの米俵が引き起こした壬午軍乱(イムオグンラン)
国家が約束した給料すら 제대로 주지 않는다면 어떻게 될까요? 1882년, 조선은 그 답을 뼈아프게 경험합니다. 신식 군대 ‘별기군’에 비해 극심한 차별을 받던 구식 군인들은 무려 13개월이나 월급이 밀린 상태였습니다.
긴 기다림 끝에 받은 쌀자루에는 쌀알보다 모래와 겨가 더 많았습니다. 관리들의 부정부패에 분노한 군인들의 항의는 몽둥이질로 돌아왔고, 이는 결국 **‘임오군란(壬午軍亂)’**의 도화선이 되었습니다. 이 사건은 단순한 폭동이 아니었습니다. 군인 월급이라는 국가의 가장 기본적인 약속이 무너졌을 때 사회가 어떻게 파탄 나는지를 보여준 상징적인 사건이며, 무능하고 부패한 정부에 대한 저항이었습니다.
給料ではなく祖国のために戦った者たち(独立軍)
日帝強占期、国を失った軍人たちに給料を払う政府はありませんでした。独立軍たちは金ではなく、奪われた国を取り戻すという信念一つで全てを捧げました。
彼らの「給料」は、満州や沿海州、米州の同胞たちが少しずつ集めて送った後援金、大韓民国臨時政府が発行した「独立公債」でした。トウモロコシ一掴みと古い軍服、そして**「祖国独立」という希望が彼らの唯一の報酬**でした。給与体系が国家から民衆へ、物質的報酬から理念的信念へと変わった、我が国史上最も特別な時期でした。
タバコの値段から生活賃金へ(大韓民国国軍)
光復(解放)後、大韓民国国軍の給料は「愛国ペイ」と呼ばれるほど劣悪でした。1970年代の兵長給料は900ウォンで、ジャージャー麺9杯分でした。その後、数十年かけてゆっくりと上がっていた兵士の給料は、ここ数年で急激な変化を迎えました。
これは、軍服務をこれ以上「犠牲」としてだけ見るのではなく、青春の時間に対する「正当な報酬」をしなければならないという社会的な認識の変化と、大韓民国の経済成長が重なった結果です。
兵長給料とジャージャー麺:購買力で見る軍人給料変遷史
| 年 | 兵長給料(ウォン) | 購買力(給料でジャージャー麺何杯?) |
| — | — | — |
| 1970 | 900 | 9杯(ジャージャー麺:100ウォン) |
| 1980 | 3,900 | 約8杯(ジャージャー麺:500ウォン) |
| 1991 | 10,000 | 約8杯(ジャージャー麺:1,200ウォン) |
| 2011 | 103,800 | 約23杯(ジャージャー麺:4,500ウォン) |
| 2024 | 1,250,000 | 約156杯(ジャージャー麺:8,000ウォン) |
| 2025(計画) | 2,050,000 | 約241杯(ジャージャー麺:8,500ウォン) |
1970年代、一ヶ月の給料でジャージャー麺9杯を食べられた時代から、2025年には240杯以上を食べられるようになったのです。この表は、単なる金額の変化ではなく、軍人をどう扱うかという国家の態度がどれほど劇的に変わったかを示しています。
結論
軍人の給料変遷史は、大韓民国歴史の縮図のようです。これを 통해 우리는 몇 가지 중요한 사실을 알 수 있습니다.
- 報酬の形態は時代相を反映します: 軍人への報酬は、土地(権力)から現物(生計)へ、そして再び現金(正当な報酬)へと変化し、その時代の政治、経済、社会的な価値をそのまま示してきました。
- 待遇は国力と認識の尺度です: 国を守る若者たちの献身をどれほど大切にしているかは、その国の国力と社会的成熟度を示す重要な指標です。
- 正当な報酬は国家安全保障の礎です: 壬午軍乱の教訓のように、軍人に対する国家の基本的な約束と正当な待遇が崩れる時、国家安全保障も揺らぐ可能性があります。
200万ウォンという数字の裏には、土地と米、そして数多くの人々の汗と涙、希望の歴史が重なっています。私たちが享受する平和の背後にある軍人たちの献身を記憶し、それにふさわしい待遇について社会的な関心を持ち続けることが、健全な社会の姿であるはずです。
参考資料
-KBSニュース [2025予算案] 兵士給料 3年で82万ウォン→205万ウォン…今後も上げてくれるか尋ねると
- YouTube 兵長「205万ウォン」の副作用..「25年まで兵役に行かない」??
- 나무위키 禄邑
- 韓国民族文化大百科事典 禄邑(祿邑)
- Wikipedia 食邑
- 우리역사넷 軍人田
- 東亜日報 オピニオン
- Wikipedia 壬午軍乱
- 国家記録院 主要独立活動 - 独立運動関連判決文
- セキュリティニュース 軍人給料引き上げ公約で見た兵長給料「黒歴史」